侍が切ったもの

 下溝の天応院は北条氏照の娘、貞心の墓があることで知られていますが、もう一つ不思議なものがあるのです。本堂の後ろにある墓地の入り口のところに、無縁塔をきれいにはすかけに切ったものが二基あります。これには次のような言い伝えがあるのです。
むかし、この寺にひとりの侍が寄宿していました。どのような身分で、どのような理由が合って、身を寄せていたかは定かではありません。 その日は何となく蒸し暑く、夕方になっても涼しくなりません。侍は何気なく庫裡から外を見ていました。遠くの方からぼんやりと影のようなものがゆらりゆらりと近づいてきました。その異形なものは、侍の前を音も立てずに通り過ぎるとそのまま墓地の中に入っていきました。
「こは怪しきやつ、ござんなれ!」とばかりに、おっ取り刀で表へ飛び出し、抜き打ちに後ろから袈裟がけにずばっと切りおろしました。手ごたえあったと思いきや、異形なものはたちまち消えてしまいました。そしてそのあとには石塔が真っ二つになって転がっていました。
一心込めると石も切られるものと見え、今にお化け石塔と伝えられています。

文・絵:いちむら あきら
座間美都治
相模原民話伝説集より