「で、で、でたぁ!」
魚を行商している源さんが素っとん狂な声を出して下溝の得意先の農家に飛び込んできたのです。源さんは青くなってふるえています。
「どうしたの」
家のあるじを見た源さんは少し落ち着いて
「いまそこの山のところで、まるで絵に描いたようなきれいな娘に会ったんだ」
「きれいな娘?」
「そうだ。もうあたりは暗いのに娘の姿だけくっきりと浮き上がって見えた」
「それは—–」「うん、あれは人間じゃない。確かに狸が化けたんだ」
「やっぱりな」
「俺は思わずぞっとして後も見ずに逃げてきたんだ。まだ後について来ているみたいだよ」
家のあるじもやっぱりと言ったように、このあたりは往来を南に出外れると、磯部の山谷まで家が一軒もなく、その間にけなし山という山があるだけで、そこの狸がよく人を化かしたそうです。
あるじが翌朝けなし山のところに行ってみると、田んぼにある案山子が転がっていました。源さんにはこの案山子が娘に見えたようです。
相模原には狸や狐に化かされた話はたくさんあって、昭和になっても化かされた人がいたそうです。
たぶん今も—–
文・絵:いちむら あきら
座間美都治
相模原民話伝説集より